1997年。フィンランドの湖畔の街エスポーから、とんでもないアルバムが飛び出してきた。Children of Bodom「Something Wild」。バンドメンバーの平均年齢は当時まだ10代。信じられるか?
ネオクラシカルなキーボードとギターが絡み合い、ブラストビートが吹き荒れ、その上をAlexiの叫びが駆け抜ける。技巧の暴走。だがその暴走には確かな美学がある。このアルバムは「若さの爆発」を完璧にパッケージした奇跡だ。
ボドム湖の伝説 — バンド名に刻まれた事件
Children of Bodomというバンド名は、1960年にフィンランドのボドム湖畔で起きた未解決殺人事件「ボドム湖殺人事件」に由来する。キャンプ中の若者3人が殺害され、1人だけが生き残ったが犯人は特定されなかった。フィンランドで最も有名な未解決事件だ。
バンドは当初「Inearthed」名義で活動しており、1997年に「Children of Bodom」に改名。この不穏な名前が、彼らの音楽が持つ「明るいのにどこか狂気じみた」雰囲気と妙にマッチしている。
Alexi Laiho — 天才の登場
Children of Bodomの核心はAlexi Laiho(アレキシ・ライホ)だ。ギタリスト兼ヴォーカリスト、そして作曲の中心人物。
「Something Wild」のレコーディング時、Alexiはまだ18歳だった。18歳でこれを弾く。18歳でこの曲を書く。その事実だけで十分に異常だ。
Alexiのギタースタイルはメタル界でも独特の位置にある。Yngwie Malmsteenに代表されるネオクラシカル速弾きの系譜を受け継ぎつつ、そこにデスメタルのアグレッションとパンク的な衝動性を混ぜ込んだ。美しい旋律を弾いているかと思えば、次の瞬間には暴力的なリフに切り替わる。その切り替えの速度と自然さが異次元だ。
使用ギターはESP製のシグネチャーモデル。後にJacksonへ移るが、初期のESP時代のトーンが「Something Wild」の音だ。EMGピックアップの冷たくタイトな出力特性と、Alexiの超高速ピッキングが組み合わさって、あの氷のように鋭い音が生まれている。
Janne Wirman — もうひとりの主役
Children of Bodomを「ギターバンド」として語る人は、このアルバムの半分しか聴いていない。
キーボーディストのJanne Wirman(ヤンネ・ヴィルマン)はAlexiと対等な、もうひとりの主役だ。彼のキーボードはバッキングではない。ギターと並走し、競い合い、時にはギターを食うほどの存在感を放つ。
Janneが弾くのはハープシコード的な音色を多用したネオクラシカルなフレーズ。バロック音楽のような装飾音が高速で降り注ぐ。これがデスメタルのブラストビートの上で鳴っている。冷静に考えるとめちゃくちゃだが、聴くと「これしかない」と感じる。
AlexiとJanneのユニゾンやハモリは、ヨーテボリのツインギターとは全く異なる質感を持っている。ギターとキーボードが同じフレーズを弾く「ユニゾン」の瞬間の加速感は、このバンド固有の武器だ。
フィンランドとヨーテボリ — 似て非なるメロデス
ここまでAt The Gates、Arch Enemy、In Flamesとスウェーデン・ヨーテボリのバンドを語ってきた。Children of Bodomはフィンランド出身であり、同じ「メロディック・デスメタル」のカテゴリに入れられるが、その音楽性はヨーテボリ勢とはかなり異なる。
ヨーテボリのメロデスは「ギターハーモニーの美学」に根ざしている。Iron MaidenやThin Lizzyのツインリードを、デスメタルのコンテクストに移植した音楽だ。一方、Children of Bodomのメロデスは「ネオクラシカルとパワーメタルの衝突」だ。ルーツはYngwie Malmsteen、Stratovarius、そしてバロック音楽にある。
もうひとつの大きな違いは「気候」だ。ヨーテボリのメロデスには雨と灰色の空が似合う。フィンランドのそれには凍てつく湖と白夜が似合う。「Something Wild」の音を聴くと、なぜか真冬の冷たい空気を吸い込んだような感覚がある。この「冷たさ」はプロダクションの質感だけでなく、フレーズの選び方、音色の硬さ、テンポの容赦のなさから来ている。
主要曲レビュー
Deadnight Warrior
アルバムの幕開け。最初の数秒で「ただ者ではない」とわかる。
Alexiのギターリフが始まり、すぐにJanneのキーボードが絡む。この二人が同時に走り出す瞬間の爆発力は、他のどのバンドにも出せないものだ。ドラマーのJaska Raatikainen(ヤスカ・ラーティカイネン)が叩くブラストビートの精度もこの時点で異常に高い。18歳のバンドが出す音ではない。
この曲の後半で登場するギターソロとキーボードソロの応酬は、このバンドの名刺代わりだ。二人が互いに「俺の方が速い」と言わんばかりにフレーズを投げ合う。そのバトルの中に確かな信頼関係が見える。
In the Shadows
イントロのキーボードが印象的。ハープシコードの音色で弾かれるネオクラシカルなフレーズが、一瞬だけ18世紀のヨーロッパに連れて行く。そこからデスメタルの嵐に突入する落差が凄まじい。
この曲は「Something Wild」の中でも特にメロディアスな部類に入る。Alexiのヴォーカルはデスヴォイスとしてはやや高域寄りで、若さゆえの切迫感がある。この「必死さ」は後のアルバムでは薄れていく要素であり、「Something Wild」固有の魅力だ。
Red Light in My Eyes, Pt.1
「Pt.1」とあるように、次作「Hatebreeder」に「Pt.2」が収録されている。この曲はAlexiの作曲能力の幅を示す好例だ。
単なる速さだけでない。構成に起承転結があり、静と動の使い分けが(10代のバンドとは思えないほど)巧みだ。特に中間部の展開は、プログレッシブ・メタル的な複雑さを感じさせる。
Lake Bodom
バンドのアイデンティティそのものと言える曲。バンド名の由来となった殺人事件をテーマにしている。
イントロのギターメロディーは「Something Wild」の中で最も記憶に残るフレーズかもしれない。暗く、冷たく、しかしどこか惹きつけられる旋律。湖のほとりで何かが起きるその瞬間の緊張感を音にしたらこうなる、という説得力がある。
ライブでは最後まで定番曲であり続けた。最も「Children of Bodom」らしい曲を一つだけ選べと言われたら、多くのファンがこれを挙げるだろう。
Something Wild(タイトルトラック)
アルバムの締めくくり。この曲名がそのままアルバムタイトルになった。「何かワイルドなもの」。それは彼ら自身のことだ。
この曲はアルバム中で最も長尺であり、さまざまな展開を含む。Alexiのギターソロも最も長く、そして最もエモーショナルだ。ただ速いだけでなく、フレーズの中にある「泣き」の要素がここで最も強く出ている。10代の若者が弾くソロに、なぜこれほどの感情が込められているのか。才能としか言いようがない。
「Something Wild」のプロダクション — 荒削りであることの価値
正直に書く。「Something Wild」のプロダクションは洗練されているとは言い難い。
ヨーテボリ勢のFredrik Nordstromプロダクションと比べると、音の分離は甘く、低域はやや濁り、全体的に「ガレージ感」が残っている。プロデュースはAnssi Kippo(Astia Studio)。フィンランドのメタルシーンを支えたエンジニアだが、この時点ではまだ発展途上だった。
だがこの荒削りさが、後の洗練されたアルバム(「Hatebreeder」「Follow the Reaper」)にはない「生の衝動」を保存している。音がぶつかり合い、混ざり合い、カオスの中からメロディーが浮かび上がる。きれいに整理された音では出せない熱量がここにある。
10代の若者が、制御しきれないほどの技術とアイデアを、完璧には整理できないまま叩きつけた。その「未完成の完成」こそが「Something Wild」のサウンドだ。
Alexiの喪失 — 2020年12月29日
2020年12月29日、Alexi Laihoは自宅で亡くなった。享年41歳。死因はアルコールと鎮痛剤の長期使用に起因する肝臓の疾患と報じられた。
Children of Bodomは2019年に最後のライブを行い、事実上解散していた。メンバー間の確執が理由とされ、Alexiは新バンド「Bodom After Midnight」を始動させていたが、アルバム完成を見届ける前にこの世を去った。
Dimebag Darrellの時のような突然の暴力ではなかった。Jesper Strömbladのように離脱だけで済んだわけでもなかった。長年の身体への負荷が、静かに命を奪った。
「Something Wild」のあの凄まじいエネルギーを生み出していた人間が、もういない。18歳であの音を出していた天才が、41歳で消えた。これもまたメタルシーンが何度も経験してきた、才能と自己破壊の物語だ。
まとめ — 「何かワイルドなもの」は確かにここにあった
At The Gatesの鋭さ、In Flamesの叙情、Arch Enemyのクラシカルな華。そしてChildren of Bodomの「狂気と美技の同居」。1990年代後半のメロディック・デスメタルは、それぞれ全く違う方法で「メロディーとデスメタルの融合」という命題に回答を出した。
「Something Wild」はその中で最も若く、最も荒々しく、最も自由な回答だ。整理されていない。洗練もされていない。だが18歳の天才が「これが俺たちだ」と叩きつけた原石の輝きは、どんなに磨かれた宝石にも出せない光を放っている。
Alexiはもういない。だが「Something Wild」は永遠に18歳のままだ。あの氷のように冷たく、しかし燃えるように熱い矛盾が、このアルバムの中で今も生き続けている。

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