この記事はアルバムレビューではない。遺書でもない。ただ、一枚のアルバムが背負ってしまったものについて書く。
In Flames「Clayman」。2000年リリース。これはヨーテボリ・メロディック・デスメタルの完成形であり、同時にその終わりの始まりでもあった。
分岐点としての「Clayman」
In Flamesのディスコグラフィーには明確な「Before / After」がある。ファンに「どこで変わった?」と聞けば、大半が「Claymanの次」と答える。
「The Jester Race」(1996年)で叙事詩的メロデスの型を作り、「Whoracle」(1997年)で研ぎ澄まし、「Colony」(1999年)でモダンな鋭さを加えた。そして「Clayman」。ここが頂上だ。
頂上であることは、そこから先は下るしかないことを意味する。次作「Reroute to Remain」(2002年)以降、バンドはオルタナティブ・メタル方向へ舵を切り、多くの古参ファンを置き去りにした。だからこそ「Clayman」は悲しいアルバムだ。ここに詰まっているのは、あの頃のIn Flamesの「全て」だから。
Jesper Strömblad — このアルバムの本当の主役
「Clayman」を語る時、多くの人はヴォーカルのAnders Fridénの名前を出す。だが、このアルバムの魂を作り上げたのはギタリストのJesper Strömblad(イェスパー・ストロムブラード)だ。
JesperはIn Flamesの共同創設者であり、バンドの作曲の中核を担っていた。「Clayman」のリフ、メロディーライン、曲構成の大部分は彼の頭の中から生まれている。あの「泣き」と「怒り」が共存するギターフレーズ。聴いた瞬間に「In Flamesだ」とわかるメロディーセンス。それはJesperの才能そのものだ。
しかしJesperはアルコール依存症と長年闘い続けた。その苦しみは「Clayman」の歌詞にも影を落としている。自分自身を粘土(clay)に見立て、外部の力に形を変えられていく存在としての苦悩。このアルバムのタイトルとコンセプトが、後の彼自身の運命と重なって聴こえるのは偶然ではないだろう。
Jesperは2010年にバンドを離れた。その後、In Flamesの音楽から「あの何か」が消えたと感じるファンは多い。そしてそれは気のせいではない。Jesperこそが「あの何か」だったのだから。
Fredman Studio、三度 — ヨーテボリの音が完成する場所
At The Gates「Slaughter of the Soul」、Arch Enemy「Burning Bridges」、そしてこの「Clayman」。三枚ともヨーテボリのFredman StudioでFredrik Nordstromがプロデュースしている。
しかし三枚の音は全く異なる。At The Gatesは刃のような鋭さ、Arch Enemyはクラシカルな華やかさ。では「Clayman」はどうか。
「透明感」だ。
「Clayman」のサウンドは驚くほどクリアで、各楽器の分離が美しい。ギターのハーモニーが空間を満たし、その上をAnders Fridénのヴォーカルが泳ぐ。重いのに軽やか、攻撃的なのに叙情的。この矛盾が自然に両立しているのは、Nordstromのプロダクションの真骨頂だ。
そしてもうひとつ。「Clayman」のジャケットアートを手がけたのはNiklas Sundin、Dark Tranquillityのギタリストだ。ヨーテボリのメロデス三大バンドが文字通りひとつの作品の中で交差している。この街の音楽コミュニティの密度を象徴するエピソードだ。
全曲解説 — 12の断面図
1. Bullet Ride
1曲目にして宣戦布告。
イントロのリフが始まった瞬間、「このアルバムは前作の延長ではない」とわかる。「Colony」よりもさらにモダンで、アグレッシブで、それでいてメロディーが際立っている。Björn Gelotte(ビョーン・イェロッテ)とJesperのツインリードが描くハーモニーは、Iron Maiden的な伝統を受け継ぎつつ、より暗く、より切実だ。
「Bullet Ride」というタイトル通り、弾丸に乗って駆け抜ける感覚。3分半で終わるが、体感時間はもっと短い。終わった瞬間にもう一度聴きたくなる。
2. Pinball Map
In Flamesというバンドの「美しさ」を一曲に封じ込めるなら、この曲を選ぶ人は多いだろう。
イントロのクリーンギターからヘヴィなリフへの展開。そしてコーラスでAnders Fridénが叫ぶメロディーライン。ここにはデスメタルの暴力性と、ポップミュージックのフック、そしてクラシック音楽の構造美が奇跡的に同居している。
「ピンボール・マップ」という言葉が示すのは、跳ね回る鉄球のように制御不能な人生の軌跡だろうか。出口のない迷路を走り続ける疲弊。だがその疲弊を、こんなにも美しいメロディーで歌う。そのコントラストがIn Flamesだ。
3. Only for the Weak
In Flames史上、最も有名な曲のひとつ。そしておそらく最も多くの議論を生んだ曲。
理由はコーラスのクリーンヴォーカルだ。Anders Fridénがデスヴォイスではなく、歌メロでサビを歌う。2000年当時、「メロデスバンドがクリーンで歌う」という行為はデスメタルの純粋主義者にとって裏切りに近かった。
だが聴けばわかる。このコーラスメロディーは完璧だ。ヴァースのアグレッションからコーラスの解放感への転換は計算されたものではなく、楽曲の自然な呼吸として存在している。Jesperが書いたこの進行は、「メロデスにおけるキャッチーさとは何か」の決定的な回答だ。
「Only for the weak / Can you help me?」。この歌詞が、後のJesperの苦悩と重なって聴こえてしまうのは、知りすぎた者の不幸かもしれない。
4. …As the Future Repeats Today
アルバム中盤に位置する、地味だが重要な曲。
このタイトルの秀逸さに注目してほしい。「未来が今日を繰り返すように」。円環する時間、抜け出せないループ。これがアルバム全体のテーマ「粘土の人間(Clayman)」と通底している。外部の力に成形されることを繰り返す存在の悲哀。
音楽的にはDaniel Svenssonのドラムワークが光る。手数が多いわけではないが、曲のダイナミクスを作り出す配置が的確で、聴く者の感情を操作するかのようにシンバルワークを使い分ける。
5. Square Nothing
疾走感とグルーヴが共存する佳曲。Peter Iwersのベースラインが曲の底を這い回り、独自のうねりを加えている。このアルバムではベースがギターの単なるダブルではなく、独立した旋律を持っていることが多い。Peterの貢献は正当に評価されるべきだ。
6. Clayman
タイトルトラック。粘土の人間。
冒頭のリフは「Clayman」というアルバムのすべてを1フレーズに凝縮している。怒り、悲しみ、諦観、そしてそれでも燃え続ける何か。JesperとBjörnのツインリードが交差する瞬間の美しさは、何度聴いても鳥肌が立つ。
「粘土の人間」とは何だろう。外部の力 — 社会、期待、依存、習慣 — に日々こねくり回され、自分の本来の形を失っていく存在。それでも内側にある「核」は消えない。いやそう信じたい、という切実な祈り。このタイトルトラックはその祈りの音楽版だ。
7. Satellites and Astronauts
この曲の出だしを聴いた瞬間に「はっ」とした人は多いはずだ。それまでの曲と明らかにテクスチャーが違う。より空間的で、浮遊感がある。
「衛星と宇宙飛行士」。地球から遠く離れた孤独。それでも地球と繋がっている通信回線。この比喩は人間関係そのものだ。遠い。でも切れてはいない。この絶妙な距離感が音に反映されている。
8. Brush the Dust Away
「埃を払え」。前半のヘヴィなパートと、後半で開けるメロディーの対比が秀逸だ。
この曲にはIn Flamesが後に進む方向の「芽」がすでに見える。よりストレートなロック構造、キャッチーなフック。だが「Clayman」の文脈ではそれがまだ「正しい配分」の中にある。ヘヴィとキャッチーの黄金比が崩れていない。
9. Swim
短く、鋭く、直線的。余計なものが一切ない。
タイトルの「泳げ」は命令形だ。溺れかけている自分に向けた叱咤。水中で息が続かなくても、止まれば沈む。だから泳ぐしかない。この曲がアルバム後半のどん底の位置にあるのは、おそらく意図的な配置だ。
10. Suburban Me
「郊外の自分」。タイトルだけで一本の小説が書けそうな言葉の力がある。
都市部の熱狂でもなく、荒野の孤独でもなく、「郊外」。どこにでもある平凡な風景に溶け込んでしまった自分。匿名の存在になる恐怖。メロデスの曲でこういう実存的テーマを扱えるのは、Anders FridénとJesperの歌詞世界の強みだ。
11. Another Day in Quicksand
「流砂のもう一日」。アルバムの事実上のラストナンバー。
流砂は暴れれば暴れるほど沈む。何もしなければ緩やかに沈む。どうやっても沈む。この絶望を音楽にすると、こんなにも美しいのかと思わされる。
終盤のギターメロディーは、「The Jester Race」時代の叙事詩的な美しさを彷彿とさせつつ、より成熟し、より切実だ。バンドが「ここまで来た」という到達点を静かに示している。
At The GatesからIn Flamesへ — 「美しい間」の遺伝
At The Gatesの「Slaughter of the Soul」にあった「激しさの中の美しい間」は、In Flamesの「Clayman」でさらに拡張されている。
At The Gatesが切り開いた「メロディーとデスメタルの融合」という概念を、In Flamesはより構造的に、より意識的に発展させた。At The Gatesが本能的に到達した場所に、In Flamesは設計図を持って到着した。その設計図の完成形が「Clayman」だ。
ただし、設計図を持つことは諸刃の剣でもある。「ここをもう少しキャッチーにすれば」「ここをもう少し聴きやすくすれば」。その最適化の先に「Reroute to Remain」があった。「Clayman」は、最適化がまだ音楽の魂を殺さないギリギリの均衡点に立っている。
2000年という年 — 三つのラストアルバム
ここで奇妙な偶然に気づく。
2000年、PANTERAは「Reinventing the Steel」を出した。バンドの最終作になった。In Flamesは「Clayman」を出した。「あのIn Flames」としての最終作になった(バンドは続いたが、音楽性は大きく変わった)。
1990年代のヘヴィ・メタルを代表する複数のバンドが、2000年という年に「最後の完全な姿」を記録した。まるで一つの時代が静かに幕を下ろしたかのように。
Jesper以後のIn Flames — そしてClayman Reissue
Jesper Strömblad脱退後のIn Flamesは、「A Sense of Purpose」「Sounds of a Playground Fading」「Siren Charms」「Battles」「I, the Mask」と作品を重ねた。いずれもメタル市場では成功を収めたが、「Clayman」までの音楽を求めるファンの心を掴むことはなかった。
2020年、バンドは「Clayman」の20周年記念リイシューを発表。リマスターに加え、一部の曲を再録音した「Re-Recorded」バージョンも収録された。この再録を聴いた時の感想は、多くのファンと同じだった。「音は綺麗だ。でも何かが足りない」。
足りないのはJesperだ。あのリフの微妙なニュアンス、フレーズの「溜め」、メロディーラインの癖。それはJesperの手からしか生まれない。再録が証明したのは、オリジナルがいかに唯一無二の瞬間の結晶だったかということだ。
まとめ — 粘土は乾いた。だが形は残った
「Clayman」はヨーテボリ・メロディック・デスメタルの到達点だ。At The Gatesが種を蒔き、In Flamesが花を咲かせた。その花が最も美しく咲いた瞬間がこのアルバムだ。
同時にこれは、あるギタリストの才能が最も輝いていた時期の記録でもある。Jesper Strömblad。このアルバムのすべてのメロディーは、彼の頭の中にあった世界の写し絵だ。
粘土で作られた人間は、やがて乾き、ひび割れ、崩れるかもしれない。だが一度焼き上げられた形は残る。「Clayman」というアルバムは、もう二度と再現できない形として、2000年のあの夏に焼き上げられた。
今日もまたこのアルバムを再生する。1曲目のリフが始まる。そしてまた、あの場所に戻る。

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